このお店には裏ビデオ屋の仕事以外に一つ変わった仕事があった。
夕方6時になると、お店の斜め向かいにある新宿カラオケ本舗から製氷機の氷をゴミ袋一杯に詰めてもらって、それを区役所通り沿いの雑居ビルの地下にある飲み屋「どことなく」に運ぶ。
「どことなく」はオーナーのエビスが自分の女にやらせているスナックだ。どうやら製氷機がないらしく、店で使う氷をカラオケやの店長に恵んでもらっているというわけだ。
エビスは一見するとパンチパーマで恰幅もよく、ナニワ金融道に出て来るヤクザ風のルックスだが、よくよくみると気の弱そうなどことなく負け組臭の漂う顔をしていた。
ちなみにエビスという名は偽名で、由来は恵比寿に住んでいるからというだけだった。
あとになって思えば、この男の人となりを判断するのに充分な材料はこの時点で揃っていたわけだが、まだ裏稼業のウの字も知らないガキだった俺には冷静な判断が出来るわけもなかった。
アルバイトの給与は月末締めの翌月15日払い、初仕事が3月後半だったのでわずか数日分だったが、春休みだったこともあり20時間分つまり額面にして2万4千円が明日4月15日に支払われる予定だった。
次の日シフトに入っていなかったヨヨギもアルバイト代が貰えるとあって、店に顔を出していた。
「おっす」
店長のオダが眠そうな顔と缶コーヒーをぶら下げて出勤して来た。
すぐにヨヨギも一緒に居るのに気づいたが、その理由についてはあまり考えてなさそうな顔で、折り畳み椅子に座ると缶コーヒーのプルトップを引き抜いて、咥えたキャメルに火をつけた。
微妙な空気が流れ始め、我慢出来ずにヨヨギが口を開いた。
「今日15日ですよね!」
ようやく気づいたように(もしくはフリだったのかもしれないが)オダがバツの悪そうな顔をしはじめた。
「あ〜今日か〜……ゴメン。エビスくんから受け取ってないんだわ〜。ていうか俺も2か月貰ってないし。」
はあ?
「ちょっとちょっとそれはないでしょう!」
ヨヨギが語気を荒げる。先月締めの給料が貰えないとなると、今日までの4月前半の分も恐らく貰えない。
これはエラいことだ。しかもオダに限っては2か月だという。一体どうやって生活しているのだろうか?
いつもならここで泣き寝入り半分で三行半を突きつけて辞めてやるのだが、学生ローンで服を買ったりギャンブルをしていてお金に忙しいヨヨギが、とんでもない提案をし始めた。
「とりあえず今日の売り上げから、俺らのバイト代貰っていきますわ。オダさんの方からそう伝えてくださいや。」
「いやいや、ちょっと落ち着こう。っていっても無理だよね。う〜ん……」
オダは缶コーヒーをチビリチビリ飲みながら、ガキの無茶ぶりをどう収めようか計り兼ねていた。
そのうち仕方がないという表情でジーンズの尻ポケットから長財布を取り出して
「バイト代はきっちり払わせるから、今日のところはこれで勘弁して。」
と2万円取り出し1枚ずつ俺とオダに手渡した。
(6)に続く
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