ポケベルの呼び出し番号はエビスの携帯だった。折り返しかけるといつもの眠たい声が出る。

「ヨヨギから聞いとると思うけど、今日デコが来てのう。今オダに行ってもらっとる」

え?オダさん?あんたじゃなくて?

「明日店来る前にちょっと寄って欲しいところがあるんやけど。」

何か色々飲み込めないところがあるまま電話が切れた。

オダさん?が出頭したってこと……だよな?

モヤモヤが晴れないうちにヨヨギが家にやって来た。

「いやぁ大変じゃったわい。いきなり私服のデコスケが”オーナーさんいる?”いうて店に入って来たから、こりゃヤバい思うて”さっきちょっと出かけるって言って出たばかりなんで呼んできます”いうてその場からダッシュで離脱して……」

堰を切ったように話し出したヨヨギを遮る。

「いや、それはさっき電話で聞いたからわかってる。それよりも何でオダさんがパクられてるのよ?」

「知らんかったんか?アソコの名義人オダさんで。エビスくんは表向きは関係ない人なんじゃわ」

!名義人!要するにこうした裏稼業の世界では、実際の経営者はお金の管理をするだけで、警察に厄介になる為の表向きの経営者を用意して本人がパクられないようにするわけだ。

お店の契約者=経営者と見なされ、物件の名義人が逮捕される。今回はそれがオダだったというわけだ。

「明日エビスくんから歌舞伎町に呼び出されたんだけど。」

「おう、お前もか。わしも呼ばれとるんだわ。パリジェンヌじゃろ?」

どうやらエビスは明日俺とヨヨギの二人に何か話があるらしい。明日が例の週払いの日だったこともあって元々歌舞伎町には行くつもりでいたから、仕方なく指定された喫茶店に向かうことにした。

JR新宿駅東口を出てそのまままっすぐ歌舞伎町に向かって進むと靖国通りにぶつかる。その靖国通り沿いのミスタードーナツから区役所通りに入り中程まで進むとパリジェンヌが現れる。

パリジェンヌは200名近く収容出来るとにかくだだ広い喫茶店で、ソッチ系を始め歌舞伎町ならではの胡散臭い人種で溢れ返っていた。

指定の時間に数分遅れてエビスがやって来て、アイスコーヒーを注文したので俺らもそれに合わせて同じものを注文した。

息を整え煙草に火をつけたエビスがようやく話し始める。

「今オダが捕まっとるんやが、今後店を続ける為にはオダの名義は使えん。お前ら二人のどっちかに名義張って欲しいんやけど、どうやろ?月に40万出すけど」

「え?」

思わず声が漏れてしまった。数万円のバイト代すら遅れ遅れになるような男の代わりに名義を張るメリットがどこにある?この男おめでたすぎてつき合いきれん。こりゃ駄目だと思い

「その前に、今までの分の給料を全部払ってくださいよ。話はそれからでしょう?」

勿論そんな危なっかしいだけで何のメリットもなさそうな話に乗るつもりはないが、何とかしてここまでのバイト代を確保出来ないものかと食い下がってみた。

「それは追々払うけん。それより名義人の件……」

そう言いかけたエビスの言葉をかき消すように

「それではお話しになりません。そういうことでしたら今日はここで失礼します。それからこれまでの分は週明けにでもお電話しますね。何なら”どことなく”にでも取りにいきますよ」

鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしたあと、エビスは顔を真っ赤にしながら苦々しくこう言い放った。

「お前守銭奴か!」

まさかこの男の口からその言葉が出るとは……吹き出しそうになるのを堪えながらパリジェンヌをあとにした。ヨヨギは40万に魅かれたのか名残惜しそうに俺のあとをついて来た。

「歌舞伎町裏ビデオ屋編」終了 次章「偽学生サークル編」に続く