池袋のマンションイメクラ「1年A組」に初出勤したのは、ちょうどオープンの1週間前だった。

こういうお店のオープン日は週刊誌やスポーツ新聞にお店の情報が掲載される最初の発売日が常套らしく、1年A組の場合は日刊ゲンダイに広告が掲載される日がその日だった。

90年代初頭において性風俗店の情報が掲載されている媒体は、ナイタイなどの風俗情報雑誌、オヤジ系週刊誌、スポーツ新聞、エロ本が主流で、当然この時はインターネットもない。

しかもマンション型の場合はこっそりやっているので看板やビラ配りなどは厳禁。
つまりいかに媒体に載せてお店のことを知ってもらうか?にかかっていた。

リストと呼ばれる受付作業スペースにはホワイトボードが吊るしてあり、「日刊ゲンダイ広告◯月×日」などのように掲載誌の発売日が書き込まれていた。

広告というのは料金を支払って掲載誌のフォーマットに合わせて広告スペースに出稿するタイプの宣伝である。

このスタイルをとっている媒体は当時は少なく、ナイタイなどの風俗情報誌と日刊ゲンダイなどの夕刊紙、アサヒ芸能などの一部のオヤジ系週刊誌のみで、更にいえば風俗情報誌もようやくナイタイを辞めた人間が始めたマンゾクが創刊したばかりだった。
 
 
 
初出勤最初の仕事はナカハシが買ってきた大量の備品の設置とゴミ捨て、そして買い出しだった。

「あ、クリップボード忘れた。買ってきて。」

「あ、蛍光ペン忘れた。買ってきて。」

とにかくナカハシは第一印象で見抜いた通りとんでもない愚図野郎で、なんどもなんども買い出しにいかされる羽目となった。

風俗店においての備品と言えば、リスト周りの事務用品や文房具、掃除機のパックとかコロコロ粘着テープなどの掃除用具、ボディソープなどのお風呂用具、あとはローションやピンクローターなどの大人のおもちゃなど。あとはタイマーとかの家電……

何度も池袋のあちらこちらに買い出しさせられて汗だくになって帰って来ると、ナカハシが待ち合いのソファーで居眠りをしていた。

買ってきた備品をどうしようかと思ったが、どうせこの愚図に配置させても効率的になるとは思えなかったので、バイトでしかも未経験初日の身分をすっかり忘れてリスト周りの配置をしはじめた。

あらかた終わったところでようやくナカハシが目を覚ました。

「あ、も、戻ってたの?お疲れちゃん。れ、冷蔵庫のジュース飲んでいいよ。」

そういえば喉が渇いてたわ、と冷蔵庫を開けると同時に

「ププ、プリンは俺んだかんねー。」

驚いて振り向いたナカハシの顔は今まで見たこともないくらい真剣そのものだった。

(4)に続く