女性用風俗はなぜ急増する? 低リスク・低コストなビジネス構造と、過剰サービスに疲弊する男性セックスワーカーたち
2022/5/31

「女性用風俗」――つまり、男性セックスワーカーが女性客に性感マッサージなどのサービスを行う性風俗店が近年急増している。「女性向け風俗」あるいは略して「女風」と呼ばれることもあり、そこで働くセックスワーカーは「セラピスト」と呼ばれている。「女性用風俗」で検索すると、さまざまな店舗のサイトがずらりと表示され、クリックすると「女性のためのファンタジーマッサージ!」「35億の女の楽園!」などの宣伝文句が踊るトップページが迎えてくれる。

大手女性用風俗検索サイトに登録されているサイトは2018年の段階で約100店舗(※)だった。それが今年5月の同サイトの登録店舗は約200店舗まで倍増。数年前まで有名店のグループ支店でさえ東京や大阪などの大都市に数えるほどだったが、現在では全国に数十店舗のチェーンを構える規模となるなど、業界規模が拡大している。

※ハラショー『女性専用―快感と癒しを「風俗」で買う女たち』(徳間書店2018年)大手女性用風俗検索サイト運営者A氏のインタビューより

そうした中でおのずとメディアからの注目も高まってきた。Webメディアや深夜番組で取り上げられる際には枕詞のように「女性が男性を買う時代!」とセンセーショナルに謳われ、業界周辺を取材したルポルタージュ書籍では「傷ついた女性たちが主体的に性を楽しむ場所」として描かれる。

そして、「なぜ女性が風俗に?」という背景を探る言説も増えた。SNSやスマートフォンによって女性が気軽に性的な情報にアクセスしやすくなった、女性の社会進出による収入の増加、自分本位のセックスをする男たちからの逃避、あるいは男性中心社会そのものへの抵抗……。ルポライターや社会学者らが「風俗に行く女性」という現象そのものに興奮しているかのように、その理由や背景をこぞって分析している。

しかしながらその中で見逃されがちな点がある。そこで働く男性の労働環境だ。

「セックスワーク・イズ・ワーク」というスローガンもあるように、性産業で働く労働者の権利は、他の職業同様に守られるべきだ。だが、いまメディアで「女性用風俗」を語る言葉たちがそこにスポットを当てることは稀で、むしろ労働問題から目をそらしているかのようにみえてしまう。

冒頭で述べた通りWebメディアや深夜番組、雑誌などで取り上げられる機会が増え、YouTuberや女性芸人が自身の風俗体験談をメディアで語ったり、セラピスト自らYouTubeやTikTokなどで情報を発信することも増えた。

一方、フィクションの世界では一足早く小説『娼年』(石田衣良/2001年)で“女性向けの会員制ボーイズクラブ”が描かれた。2018年には映画化もされており、女性用風俗の普及に同作が一役買ったという見方もある。そして渡辺ペコ『1122』(2016年~21年)や安野モヨコ『後ハッピーマニア』(2019年~)、桐野夏生『燕は帰ってこない』(2022年)など女性からの支持の高い作家の描くマンガや小説にも、「女性用風俗のセラピスト」が登場するようになった。

私自身、数年前に女性用風俗を利用した経験があり、その頃から比べてもずいぶんと浸透したように感じる。その経験を打ち明けたときの周囲の女性たちの反応も、難色よりも興味を示すことのほうが多かった。きっとこれが10年前ならば、彼女たちの反応も、もっと違うものになっていたはずだ。時代は確実に動いている。

そして、昨年から今年にかけて、ノンフィクションの世界で女性用風俗を取り扱った書籍が相次いで刊行された。

2021年、女性用風俗店を運営する40代の現役セラピスト・柾木寛氏が自身の接客経験をつづった『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』 (光文社)が出版。そして2022年にはノンフィクション作家・菅野久美子氏が女性用風俗利用者やセラピスト、そして経営者に取材した『ルポ 女性用風俗』(筑摩書房)が出版されている。

この2冊の惹句をそれぞれ引用してみよう。

「世の中には「女性向け風俗」があることを知っていましたか? 女性たちの体と心に触れてきた現役セラピストが綴る、これまでの社会からは決して聞こえてこなかった叫びとは――。」
『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』帯より

「「買う女性」たちは、ごくごく普通の会社員や、専業主婦など私たちの身近にいる人たちである。(中略)もはや世の男性たちからはとても期待できないであろう、数多の欲望に応えてくれる女性用風俗という新潮流に心を躍らせ、色褪せた現実からの脱出を企てようとしているのだ。」

両者に共通しているのは、「女性用風俗は女性にとって歓迎すべき福音である」というスタンスだ。それはすなわち、女性たちを値踏みし、搾取し、抑圧する男性中心社会に絶望した生きづらい女性たちの逃避先、あるいは抵抗の表れである、と。

たしかにそういった一面もあるだろう。だが、その抵抗はこれまで抑圧し続けてきた男性たち、男性社会を直接的には傷つけることはない。代わりに、そこで負担を背負わされているのは、そこで働く男性たちなのではないか。

女性たちが主体的に性を楽しめる場所が増えたという「利用者側」の変化は歓迎すべきものだと思う。しかし、「働く側」については女性に対する献身的な姿を賛美するばかり。近年の主に女性を中心にしたセックスワーカーの人権や労働問題の注目の高まりに反して、男性セックスワーカーのそれには無頓着と呼べる2冊のノンフィクションを読んで、いち利用者として、そして文筆家として強く違和感を覚えたのだ。これはフェアではない。

本稿では、現役、あるいは元セラピスト数名に取材を行い(以下、名前はすべて仮名)、女性用風俗で働くセラピストをとりまく現状を分析していく。

「月1000万円で人は死ぬかもしれない、でも月100万円なら人は死なない」

5年前から都内の中堅店で働く専業セラピストのカイ(30代)の月収は手取りにして40~50万円程度だ。

「毎日のように昼も夕方も予約を受けて、さらに“お泊りコース”も対応して、1日15時間くらい働いたら100万円以上いくと思うけど、そういう働き方は本当に身体がボロボロになるし、自分の時間を犠牲にしたくないので、今は週4日程度に抑えています。他の店も含めて、“人気セラピ(セラピストの略)”は額面で100~200万円もらっている人もいるけれど、だいたいのセラピはよくて20~30万くらいじゃないかな? 最近は供給過多だもんね」


“男性セラピスト”の賃金は決して高いとは言い難い。

「でも、それがいい部分もありますよ。ホストだったら今や“エース”(※)はシャンパンタワーで1000万円使うことも珍しくないでしょ。だけど女風なら一桁少なくてもかなりの上客になれると思う。言い方は良くないけど、1000万で命を落とすことはあるけど、100万で人は死なない。お客さんにとってはそっちのほうがいいんじゃない? あくまで使う金額の話だから、ホストが悪いってわけじゃない。どちらにだって業や闇はある」(カイ)

※エース:そのホストに対して最も金を使う客のこと

『ルポ 女性用風俗』に登場する経営者の店舗「S」のサイトに掲載されている料金表を確認してみよう。セラピストのクラスによって価格は異なるが最高で「120分:2万4000円」、最低では「120分:1万6000円」とある。全国展開している大手グループ「H」の利用料金は120分で2万円で、この辺りが平均的な価格帯と思われる。

東京の男性向けデリバリーヘルスの相場価格は60分1万6000円~2万1000円とされている。比べてみると、女性用風俗はほぼ半額程度に留まっている。カイも触れていた「お泊り(8時間程度の宿泊)コース」が大抵の女性用風俗店舗には設けられており、値段は5万円が相場だ。店舗によっては「常識の範囲で睡眠時間をとらせてほしい」と但し書きはあるものの、それが常に保証されるわけではないことも付け加えておく。

参考までに「S」の求人ページによると料金の80~50%がセラピストの手取りになるとうたっている。一見好条件のようにも見えるが、80%に至るまでの条件は確認できなかった。

今回取材したセラピストたちの話によれば、有名店の人気セラピストでも70%、多くの店は60~50%、場合によっては40%しかもらえないこともあるという。80%もらえるケースは稀だと考えられる。

加えて必要経費が支払われるかどうかも店舗によって異なる。女性キャストを派遣するデリバリーヘルスのような「送迎」がほぼ存在しないため、女性用風俗では利用料金とは別に交通費をユーザーが負担するシステムを採用している店舗がほとんどだ。だが店舗によってはこの交通費も店と折半されるケースもあるという。あるいは、地方都市などではセラピスト自身の自家用車を利用する、ある種の“持ち出し”で賄っている場合もある。これには金銭的な負担もあるが、別のリスクもある。

地方都市で兼業セラピストとして働いていたリオ(20代)は自家用車の情報から身元がバレてしまい、利用客からストーカー被害にあったと語る。

「自宅の前の駐車場に、客がいたときは背筋が凍りました。警察に相談したら風俗で働いていることで何か言われそうで被害届は出しませんでした。僕個人に対してはそのお客さんをNG客にしてもらっていましたが、その後も店を利用していたそうです……。ウチの店はいわゆる待機所がないので、自分の車がないときついんです。コロナの影響で時間を潰せるファミレスが時短営業していた頃は、車がないセラピストはコンビニなどで時間を潰していたって聞きました」


女性用風俗店は参入リスクの低いビジネス?

「S」の求人ページには、「講習費実質無料(半年以内に退店した場合は講習費8万円は有料になります。)」という一文が掲載されている。

「講習」とは入店後に、新人が接客の流れや性感マッサージの実技を学ぶ教育システムのことだ。登録費とも呼ばれることがある。費用の相場は5万~8万円。カイの働く店では「講習費」のない時期もあったようだが価格は近年増額傾向にある。

「僕が入った5年前は講習は無料でしたね。でも、そうすると“女とヤリたいだけ”みたいなマッチングアプリに毛の生えたヤツがやってきちゃうのは事実。だから今は数万円取ってるらしいです。どの店も講習費は上がってると思う。後輩たちは大変そうだけど、自分の意志で払ってるわけだしね」

一方で、昨年まで大手グループ支店で専業セラピストをしていたシン(20代)は、高額な講習費を支払ったのに、ずさんな講習しか受けていなかったと語る。

「たしか講習費は7万円くらいだったのかな? ホテルでのエスコートの仕方なんかを一通り教えてもらったくらいで、他にはなにもなかったです。店からは、その後のフォローもほぼなかったですね。だから最初はかなりぎこちなかったと思います。独学で頑張ったって感じですね。あのお金の意味はなんだったんだろう」

ちなみに、関西の老舗「H」の研修費はなんと10万円(前出『女性専用』より)。その理由は、カイの指摘するように「自分はモテるから女性を喜ばせることなんか楽勝だろうというような、いい加減な人は雇いたくないから」だとされている。

また、男性から登録料を徴収するだけの、ほぼ詐欺のような店も昔からなくなることがない。

そして、講習の内容は「エステやマッサージ資格を持った講師による時間をかけた研修」から、「ホテルでエスコートや施術の手順を一通り教えてもらう程度」、ひどい場合は「口頭での説明のみ」まで店舗によってばらつきがある。なお、改めて説明する必要もないかもしれないが、「セラピスト」とはいうが、ほとんどの場合は何かの資格を持っているわけではない。

男性向け風俗店で働く女性セックスワーカーの講習費は無料である場合がほとんどだが、男性従業員によるセクハラや性暴力の話も耳にする。つまり、男女いずれにも金や身体、どちらにせよ搾取が発生しかねない構造があるわけだ。これは、決して無視できない。

なお、「S」の求人概要には、短期間での退店に関して「講習費を支払わなければ店舗サイトに掲載されている写真を削除しない」という旨の但し書きがある。また、飲食費5000円がかかる定期交流会参加必須という不可解なルールも記載されていた。

セラピストである柾木氏の著書『「女性向け風俗」の現場』では、男性セックスワーカーの労働問題や自身の収入についてはあまり触れられていない。これは彼が店舗に雇われているのではなく、個人経営であることと関係があるかもしれない。

菅野氏の著書『ルポ・女性用風俗』では女性用風俗の流行の理由のひとつとして店舗数の増加による低価格化をあげており、さらに「S」の経営者はインタビューにて、「お金持ちの女性だけのものにしたくない、経済的に厳しい女性たちのために価格を下げたい」と考えていることも打ち明けていた。

なぜ店舗数が増えているのか。社会そのものや女性の精神面の変化だけではなさそうだ。現在の女性用風俗ブームを初期から見てきたカイはこう分析する

「女性用風俗って男性のそれに比べて、新規参入しやすいんですよ。だって、希望者は掃いて捨てるほどいるから、風俗嬢みたいに“最低保証”がなくても求人を出せばセラピスト候補はわんさかやってくる。さっき話したように彼らから講習費も取れるしね。かなりリスクが低いビジネスなんじゃないですか」

店舗が乱立するこの世界で今後も価格競争が続いていくとすれば、そこで犠牲になるのは働いている男性セラピストの収入であることは想像にかたくない。


値下げ競争の激化のしわ寄せは男性セラピストに

『ルポ・女性用風俗』では、女性用風俗のセラピストの魅力のひとつに「(セラピストとは別の本業を持っているため)社会経験がもあり話題が豊富」なことをあげている。女性のセックスワーカーも兼業である場合が多いので、特段珍しくないことだと感じるが、著者の菅野氏が「プレジデントオンライン」に寄稿した記事「「セックスの不満は我慢するしかない」女性用風俗の利用者が男性セラピストに伝える共通する悩み」でもことさら「兼業であるが故の社会経験」を強調している。

当たり前の話だが、他に安定した収入があればセラピストの収入が低くてよいわけではない。むしろダンピングややりがい搾取につながり、様々な理由により専業で働かざるを得ない者にとっては死活問題に直結する。

シンは、昨年まで専業セラピストとして働いていた。その理由はメンタルの問題が大きかったという。3年前「人間関係でうまくいかなかった」と新卒で入社した会社を休職のち退職。「今は昼職(※)は難しい」と、ホストクラブに入店したもののアルコールに極端に弱かったため退店を余儀なくされ、昨年まで都内の有名店で専業セラピストとして働いていた。

※昼職:夜職(ホストやキャバクラ、風俗など「夜の街」の職業を指す)の対義語で、会社員など「主に昼間働く仕事」を指す

高額な講習費を負担したものの、店舗からは十分な教育やサポートがなかったことは前述したとおりだが、その後独学でマッサージや性感を勉強したこともあり、シンを指名する客は増えていたという。しかしそこにコロナ禍がやってくる。

「あの頃はコロナがどんな病気かもわからなかったし、密になりがちな待機所に行くのも不安だけど、生活のために仕方なく出勤していました。キャバクラやホストクラブがよくやり玉にあがったじゃないですか。その裏で『ホストが営業してないから女風に来た』ってお客さんも増えていたんですよ」

不安はあれど、なんとか仕事を続けていたシン。そんなある日、「微熱が出たので休ませてほしい」と店に連絡したら「予約をセラピスト都合でキャンセルしたらどんな理由でも罰金」と言われ、「コロナだったらどうするんだろう?」と不安が募っていった。

そして店側への不信感がピークに達したのが、プライバシーへの配慮にまつわる問題だった。シンの働く店舗がメディアで取り上げられた際、本人の許可なく、自身のパネル写真が紹介されてしまう出来事が起きた。顔の下半分をぼかしている写真だったとはいえ、しばらく気が気でなかったという。幸い周囲の人間には気づかれなかったようだが、店舗側にクレームを入れても軽く流されてしまったことで、退店を決意したという。

あくまで一店舗の例だが、彼は「売れないセラピスト」というわけではなく、ランキングは「けっこう上のほう」だったという。それでもこの待遇だったのだ。


「身体だけではなく心も癒やされたい」という欲望と感情労働

女性用風俗を語るメディアでは、「女性は男性とは違い、身体の欲望だけでなく心の満足が必要」と繰り返される。まるで女性の欲望は、気持ちの悪い男性のそれとは別物であると喧伝するように。

柾木氏の本でも、

「多くの女性にとっての性は、男性の性とは明らかに異なります。男性は視覚と触覚で興奮し、女性は心と身体で感じます」

「女性向け風俗の難しいところは、女性は心と身体で性を感じる点にあります」

「女性は性行為を、心と身体で感じます。女性の思考を前に向けることも、現実逃避させることもできる存在、それが女性向け風俗なのだと思います」

など、ことさら男女の性差が強調される。

そもそも、本当に男性は性風俗において身体の快楽(=射精)のみに主眼を置いているのだろうか。社会学者の多田良子が行った性風俗に関するインタビュー調査では、性風俗を利用する際に「射精する」こと自体ではなく、それに至るプロセスや関係性が重要と感じている男性が登場する(『「男らしさ」の快楽―ポピュラー文化からみたその実態』辻泉、岡井崇之、宮台真司ほか/勁草書房/2009年 所収「『エッチごっこ』に向かう男たち 」)。「女だけが心と体で性を感じる」という見方も再考の余地があると思われる。

求めるものが身体ではなく心であれば、暴力性がないとはいいきれない。セラピストの中には、SNSを通したコミュニケーションを求められることに、負担を感じている者は少なくないという。

リオもそんな悩みを抱えているひとりだった。

「SNSでの営業はとくに負担に感じています。月に一回しか予約してくれないのに、毎朝毎晩SNSでメッセージを送ってくるお客さんがいるんです。僕だって昼の仕事もあるから返事を半日放置していたら、“それでもプロなの?”と非難するような内容のメッセージが連続で届くこともよくありました。予約が決まったので返信しなくていいかなと思っていたら、やっぱり“プロ意識がない”と怒られました。本当に、なんなんですかね、“プロ意識”って……」

例えば先程紹介した「S」の場合、120分料金16000円の50%が収入になるとして、時給にすると単純計算で約4000円だ。メールやSNSのメッセージ機能、質問箱(※)での利用客とのやりとり、写メ日記(※)の更新、ツイキャスやTikTokなどでの営業、移動時間やメッセージのやりとりの時間は、女性のセックスワーカー同様に価格には含まれていない。料金は低下しているのに、サービスは過剰になっていく。

※質問箱:匿名で質問を投稿できるWEBサービス。身元を隠したい女性客のニーズにマッチしているためか、質問箱を利用するセラピストは多い
※写メ日記:風俗情報ポータルサイトや店舗サイトにある日記。集客に影響すると言われている

SNSを通しての営業はセラピストにとってほぼ必須になっている。昨年末、それを象徴するような事件が起きた。老舗店舗「D」が閉店したのだ。『女性専用―快感と癒しを「風俗」で買う女たち』によれば、「D」は男性向け風俗を意識したサイトの作りや過激なキャッチコピーで異彩を放つ存在だった。また、セラピストの写真は非公開にし個人でのSNS発信にも消極的なことも、大きな特徴のひとつだった。

「業界の人は驚いたと思います。閉店した詳しい理由はわからないけど、店ではなくてセラピスト個人によるSNS営業の時代になったってことですよね。僕はブームの前からセラピストをやってて、固定のお客さんもいるからまだマシだけど、これから始める人は大変だと思う」(カイ)

「癒やし」「ケア」という視点も女性用風俗を語る場所では頻出する。『ルポ・女性用風俗』に登場するセラピストCさんのインタビューでは、このような発言が出てくる。

「心のケアを求められることは、女風ではけっこう多いんですよ。この仕事は、一種の社会貢献なのではないかと思うことも度々あります」

社会ではケアの役割を請け負ってしまいがちな女性たちが、役割から解放される――その結果として、性風俗の現場で働くキャストたちが「ケア」を請け負う。菅野氏の本では兼業セラピストMさんの、自己犠牲的ともとれるストイックなエピソードが紹介される。彼の“本業”は進学塾の経営者だ。

「M」は週に平均して4日ほど予約が入り、泊まりの仕事も請けているため、翌朝そのまま塾の仕事に向かうこともあると、ストイックな仕事ぶりが賛美されている。

「一日二〇通来るDMに返事をするだけで、結構時間が取られるし、大変なんです。メールを返した全員がお客さんに結びつくわけでもない。一種の自傷行為みたいなものかもしれません」(本文より「M」のコメントを抜粋)

彼のこの言葉を引き取って、菅野氏は「それこそが、自らの役割だと感じているからだ」と地の文でつづる。

彼が塾経営もセラピストも「自由意志」でやっていることは読み取れる。しかしながら、「やりがい搾取」とも見えるこの構図、本人すら「自傷のよう」と語っている行為に対して称賛するばかりでよいのだろうか。また、「M」はSMプレイを得意としているセラピストだが、緊縛は慣れた者同士であっても、ちょっとした不注意で怪我につながる事故が起こりうる。疲労困憊状態で行うには危険な行為であることは留意したい。彼自身や所属する店舗の安全感覚についても首を捻る部分があるが、やはり責任を持って情報を発信する書き手側が、そこに無頓着であることが一番の問題に感じてしまう。

ほかにも、『女性向け風俗の現場』では「(お泊りコースの利用客に付き合って)睡眠時間が1時間しかなかった」と柾木氏自身が経験したエピソードを笑い話のように紹介しているが、これはかなり切実な労働問題なのではないのではないだろうか。彼らを賛美する言説のなかには、彼ら自身のケアが顧みられることはない。

セラピストをめぐるこうした状況は、今回の取材を受けてくれた彼らだけが直面しているものではない。ライターの佐々木チワワ氏による新書『ぴえんという病』(扶桑社/2021年)に、コロナ禍で就職先が倒産したことにより女性用風俗キャストとして働き始めたという男性が登場する。高額な料金のわりに杜撰な講習、頻繁に届くSNSのメッセージ機能などを通じた感情労働の負担、「勃起しないと客が満足しない」と精力剤を利用する、裏引きをした結果利用客に食事時間分を値切られたなど、「利用客とセックスワーカー」という権力差から生まれるエピソードが紹介されており、佐々木氏は「男性への性的搾取、性暴力も(女性のそれと同じく)重い問題である」と指摘する。

女性セックスワーカーの感情労働の問題は古くから指摘されているにもかかわらず、なぜ性別が反転したとたん「美談」のように語られてしまうのだろうか。「女性が男性を買う」という表面的な目新しさに浮足立っているような筆致には、ある種のジェンダーバイアスを感じてしまうのだ。


金銭を媒介とした性愛に翻弄される女性たちを消費するメディア

これまで書いてきたように、私自身が疑問に感じているのは、利用客ではなく主に「女性のため」と美辞麗句を掲げる経営側、あるいは「女性の性愛」を過剰に囃し立てて煽るメディア側の態度だ。

例えば1970年代に出張ホストを利用する女性たちにをとりあげた週刊誌記事『「あらゆるサービス」が謳い文句の“出張ホスト”営業の成否 』(「週刊サンケイ」1974年2月1日号)でも、出張ホストを呼んだ開業医夫人や、ホストに3億円貢いだ中年女性など、性とお金に翻弄される女性たちを面白半分に取り上げていた。「買う女性」に興味本位で視線を投げかけ消費するという構図は、現代の深夜番組やネット放送局のスタンスと大きな違いはないように思える。

文筆家の鈴木涼美氏による『ルポ・女性用風俗』の書評(「ちくま」2022年5月号掲載)では、これまで風俗やアダルトビデオ、あるいは援助交際やパパ活などの性産業が語られるとき、「売る」女性たちばかりが取り沙汰されてきたことに触れ、女性用風俗においても今度は「買う」女性たちの物語が中心となっていることについて

「好意的に見れば女性に同情的な、批判的に見れば女性の不幸を消費する視線がある。それでは男性用風俗で「買う男」たち、あるいは女性用風俗で「売る男」たちには、多様な傷と欲望の物語はないのだろうか。本書の後半で紹介される男たちの物語の序章を読む限り、そんなはずはない、とも思う」

と指摘している。70年代から、いや、それ以前からかもしれないが、性とお金に翻弄される女性たちを奇異な存在として扱う構造そのものは変化がないのではないだろうか。

また、柾木氏の著書では本番を求める女性客、セラピストのエピソードが紹介されていたが、密室で行われる行為であるため、性暴力の証拠がなく泣き寝入りせざるをえなかったという女性客の嘆きを、私自身耳にしたことがある。

男性向けの風俗店と同じくワーカーの性感染症リスクは当然ある(男性向けの風俗店と同じく、そこで働くセックスワーカーの性病検査を義務付けている店が主流で、利用客に対して「性病検査割引」を設けている店舗もある)。加えて、女性の場合妊娠のリスクもゼロではないが、そこにもあまり言及されている気配がない。

極端な例をあげると、数年前に冒頭で紹介した大手女性用風俗紹介サイトで「妊娠中の性欲処理は女性向け風俗が新常識!?」として、妊婦に向けて利用を勧めるコラムが掲載されていた。さすがにセラピスト側のリスクや心理負担が大きすぎるのではないだろうか。また、「女性の癒し」を掲げる一方で、「女性を性奴隷にする!」という内容の男性向け情報商材を販売し、炎上した有名店もいまだに人気だ。今回言及したようなルポルタージュ、ネット放送局やWEBメディアだけでなく、業界メディアの倫理観にも疑問が残る。


それは本当に「連帯」なのだろうか?

『ルポ・女性用風俗』は、女性用風俗という世界を「女性たちが連帯し、エンパワーメントされるもの」としても捉えており、利用客は本文中にてこのような言葉で表現される。

「女風の利用者の女性たちを取材していて、ある共通点があることに気づいた。彼女たちは、誰もが羨むような豊かな感受性と美しさを持ち合わせていた」

「女風とは、女性たちの繋がりづくりのツールに過ぎないのではないかと感じることさえあった」

男性客も性風俗で癒やされたり、コンプレックスを解消したり、エンパワーメントされることもあるだろう。繰り返すが、男性向けの風俗が射精のみを目的としているという先入観も再考の余地があるはずだ。性風俗でポジティブになれる、それ自体は不当な搾取が行われていなければ問題はないと私は考えている。しかし、これまで述べてきたように、男性の労働問題をまるっきり無視して女性客を称賛するのは、いささか偏った視点のように感じる。一面的な部分にしか光を当てず安易に消費していく姿勢は、たとえ賛美だったとしても、70年代の男性週刊誌のようなレッテル貼りとどこが違うのか。

『ルポ・女性用風俗』の巻末には著書である菅野氏と社会学者の宮台真司氏の対談が掲載されている。宮台氏は、女性が性に乗り出せなくなっているのは性教育が主に妊娠・性感染症などのリスクを煽るばかりの不安教育になっていること、そして教育者自身の経験が乏しく、性愛自体の魅力を伝えられていないことなどが理由にあるとする。そうした中で女性同士が性愛について語らなくなったことは問題だとし、女風を通じて性愛についての知恵を共有し連帯することは大事なポイントと語っていた。

しかしながら、これは現状を正確に捉えているわけではないと私は考える。SNSは共感や連帯のツールにもなるが、凶器にもなるのは知っての通り。「女風」の世界とて例外ではない。たとえば、先日大手グループの地方支店ツイッターアカウントがこのようなアナウンスをしていた。

「当店セラピストへの誹謗中傷について
本件において、酷く心を傷つけられ当面の間お休みを頂きたいとの申し出がありました。
セラピストも人間です。
お店側は全力でセラピストを守っていきます。
また内容によっては開示請求等の法的措置を取らせて頂きますのでご理解の程よろしくお願いいたします。」

SNSや掲示板において、男女問わずセックスワーカーへの中傷行為は日常茶飯事だ。店舗側やセラピスト側もSNSなどで中傷に関する法的措置を定期的にアナウンスしている。ネット中傷は誰にでも起こりうることではあるが、周囲に隠して働いているセックスワーカーは特に情報開示などの手段をとりにくい傾向がある。

シンも、掲示板やSNSでの批判や中傷が負担になっていたと語る。

「不眠症のお客さんに『お泊りコース』をリクエストされたことがあります。一晩中性感マッサージや会話につきあっていて、寝るのはお客さんに悪いし……と一睡もしませんでした。翌日、別のお客さんから予約が入っていたので、そこでついウトウトしてしまったんです。そしたら、その後『ありえない! “スヤピ”(スヤスヤ寝てしまうセラピスト)』と掲示板で悪口を書かれていた。もっとひどいことも書かれていましたが、言いたくないです。それをSNSなどで愚痴ったら、ユーザー(利用客のこと)たちから『自己管理がなってない、お前のプロ意識の問題』と叩かれたことも悔しかったです」

菅野氏や宮台氏は、「推しセラピスト」をSNS上や女子会で共有することは「女性の連帯」だというが、男性セックスワーカーを媒介に絆を深め、社会を生き抜こうという姿は、クラブや性風俗の女性を媒介に“男同士の絆”を深めていた男性たちのホモソーシャルと重なるものはないだろうか。なお、旧来的な価値観を持った男性たちのことは、同対談でも強く批判されている。

冒頭でも紹介したように、私自身が周囲の人間に女性用風俗のことを尋ねられ、「こんなイケメンがいるよ」と女性同士ではしゃぎ、「ああ、職場の男性たちが楽しそうにやっていたアレは、コレのことだった」と感じたと同時に、自分自身があまりにも無自覚に行っていたことにゾッとした経験がある。

メディアや経営サイドが、女性のエンパワーメント的側面や、キラキラした連帯ばかりを過剰に表現することで、セックスワークに従事する労働者の人権の問題が覆い隠されてしまってはいないだろうか? 男性に傷つけられた女性だったら、他の立場の弱い男性の人権をないがしろにしてよいわけがない。

職業に貴賎はないし、労働者の人権はジェンダーを問わず守られるべきだ。女性用風俗だけが「特別」であるはずがない。それをことさら美化することは、そこに存在する弱者たちの問題が不可視化されてしまうのではないだろうか。

「これまでの社会からは決して聞こえてこなかった叫び」
『「女性向け風俗」の現場 彼女たちは何を求めているのか?』 帯より

「個々の女性たちの人生を深く掘り下げ、その声なき声によって紡がれた物語に耳を澄ませること(後略)」
『ルポ・女性用風俗』本文より

「叫び」や「声なき声」をすくいあげたいという使命感を持った書き手、メディアたち。しかしながら、なぜ彼ら彼女らはすでに見えている搾取構造とも呼べる問題から目をそらしているのだろうか? 女性用風俗の世界の発展を願い、そこに居場所を求める女性たちの切実さを考えるのであれば、そこで働く者たちのことは決して無視してはならないはずだ。
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