西成あいりん地区「中国系ガールズバーが占拠で無法地帯化」報道の意外なその後:姫田小夏2023/03/17衰退する日本の商店街の生き残りは全国的な課題となっている。他方、商店街の中には中国資本の参入でにぎわいを取り戻すところが出てきた。大阪市西成区にある商店街もその一つだ。日雇い労働者の街「あいりん地域」に接する商店街に「中国系ガールズバー」が出現して約10年。“危ない商店街”のレッテルをよそに、「西成×中国資本」は意外な変化を起こしていた。(ジャーナリスト 姫田小夏)中国人の不動産投資が変化の始まり
大阪市西成区といえば「あいりん地域」で知られる日雇い労働者の街だ。御堂筋線「動物園前駅」を降りると視界に飛び込んでくるのは、住所を持たない人々が生活する安宿、いわゆる簡易宿泊所が集まっている地区である。「動物園前一番街」「動物園前二番街」はそんな人々の生活圏に延びる商店街だ。日が暮れて理髪店や漬物店などの昼の店がシャッターを下ろすと、街のたたずまいはガラリと変わる。薄暗いアーケードにズラリと並ぶけばけばしい色の電飾看板は、この街独特の新業態「カラオケ居酒屋」だ。別名「安価な中国系ガールズバー」とも呼ばれている。これらは、2015年を前後して「中国人経営のぼったくりバー」という報道が繰り返され、一帯が一躍“悪名高いエリア”となった。ただでさえ「危ない」といわれる西成に、「中国人」「中国系」というキーワードが加わって、余計に近寄りがたい場所になった。「動物園前二番街」の中国系カラオケ居酒屋で、筆者は大阪市内で会社を経営する吉川葉一さん(68歳)と待ち合わせた。この商店街の変遷を知る人物でもあり、カラオケ居酒屋(中国系ガールズバー)という新業態を“趣味と実益”を兼ねて緻密に調査する一人だ。この商店街に中国資本が参入し始めたのは2010年前後からだという。「もともとこのエリアで下働きをしていた中国人が不動産事業に乗り出し、商店街の空き店舗を買い上げたことから始まったんです」と吉川さんは振り返る。現金で店舗を買い上げるその中国人の資金力はすさまじく、複数店舗を買い上げて「店舗経営者募集」の広告を中国語のフリーペーパーに打ちまくった。「店舗経営」は、大陸から来た中国人が手っ取り早くできる商売の一つだったこともあり、オーナー希望者が殺到し、街並みは瞬く間に“カラオケが歌えて女性もいる居酒屋街”に一変したという。その後、「ここを中華街にする」といった大胆な構想が浮上した。「2025年に224億円の店舗売り上げを目指す」などといった具体的な数字までもが飛び出したが、住民の拒絶反応とともに頓挫した。剝がれつつある「中国系ガールズバーで危険地帯」というレッテル
廃れた商店街に中国資本が参入し、中国系カラオケ居酒屋が天下を取った結果、ぼったくりが横行して界隈は危険地帯になった――というのがこの商店街に貼られた“レッテル”だった。しかし、筆者が見たのはまた違う一面だった。カウンター席に置かれたメニューには「生ビール500円」、つまみは「1品300円」とある。歌は1曲100円、カウンターの女性が飲めば1杯500円がかかるが、ここはテーブルチャージもない。筆者が訪れた店には福建省出身の女性が2人いたが、ごく普通の中国人女性であり、色香で客にこびるという様子でもなかった。店の9割以上を自分の足で訪問したという事情通の吉川さんによれば、カラオケ居酒屋は現時点で160店舗ほどだ。このうち日本人が経営する店は20店余り、またフィリピン系やベトナム系のわずかな店を除けばほとんどが中国人経営で、そのうち7割程度が福建省から来た人の店だという。「フィリピン系、韓国系の店は行くたびに値段が違いますが、中国系はどの店もほぼ一律で、いつ行っても同じ料金です」とも。「ぼったくり」どころか、「うわさとだいぶ違うのでは?」という印象を受けた。もっとも、ぼったくり行為も存在する。昨年も客に睡眠薬入りの酒を飲ませ90万円を奪う事件があった。吉川さんは「昨年の年明けにはこんな事件もあった」と、酔っ払ったサラリーマンが怒りを込めて店舗のシャッターを蹴り上げる動画を見せてくれた。一部始終を見ていたという吉川さんは、「これは間違いなくぼったくりに遭った被害者で、『出てこい!ボリやがって!』と叫んでいました」と説明する。この店は、店名を変えていまだ存続中だというから用心が必要だ。ちなみに、「今あるのは、店の女性が数滴の梅酒を入れた小さなグラス(500円)を何杯もお代わりして客に1万円超を請求する“プチぼったくり”がほとんど」(吉川さん)だという。閉店は午後11時だ。この時間になるとシャッターを下ろす店が出始める。「午後11時閉店」は、橋下徹氏が大阪市長時代に行った改革の一つでもあった。カウンターの福建省出身の女性は「シャッターを下ろした後も、仲のいい客や中国人同士が店に残ることもある。客が長くいれば稼げるけど、寝てしまう客もいたので『午後11時閉店』は悪くない」と言う。筆者が取材を終えて店を出たのは午後11時過ぎ。一部の店はまだにぎわっていたが、早々に看板の電気を消す店もあった。過去には、中国系の店が集まった結果、悪質な客引きや大音量のカラオケ、ゴミの不始末などやりたい放題になったという報道もあった。だが、10年余りの時間の経過とともに解決してきた問題もある。ゴミの不始末や不法投棄問題も西成区役所が動き、今では、静かになった深夜の商店街を清掃車が回っている。ネクタイ族や観光客が来る商店街に
筆者の隣に座っていた日本人男性は、ごく普通の“大阪のおじさん”だった。「生ビールを1杯頼んで、1時間で帰る。ここなら1000円で気分転換できる」と話していた。もっとも「居酒屋」というからには、風営法上の談笑、お酌、デュエットなど客の近くに女性がはべることはできない。しかしながら、「警察が見回りにくると女性はパッと席を離れる」(吉川さん)というように、法律のグレーゾーンをかいくぐる一面も存在する。それでもこの“おじさん”が商店街の中国資本化に前向きなのはこんな理由があった。「20年前、ここは若い女性が歩けば手ごめにされた。それでも『あんなところ、行く方が悪い』と一蹴されてしまうほど治安が悪い場所だった。電飾看板もない商店街は真っ暗で、誰もがここを“怖くて危ない街”だと遠ざけていたのです」18歳まで浪速区(堺筋を挟んで西成区に接する区)に住んでいたという35歳の女性は、「中学のときは行ってはいけないエリアだったあの街に、中国資本が入ってきて経済が回っているというだけでも衝撃です」と話す。カラオケ居酒屋の客層は当初、あいりん地域の日雇いや生活保護者など地元の人が主流だったが、最近はネクタイ族や観光客も増えてきているという。前述の通り、この商店街の“化学変化”は、中国人経営の不動産業者が参入してきたことから始まった。近隣の住民は「街はどうなるのか」と警戒したが、それから10年ほどの時間が流れ、“看板の明かりが照らす街並み”に変化した。今の商店街に問題がないとはいえない。「西成の安い土地を中国人が買って、挙げ句の果てに同じ見てくれの看板が並ぶ」「没個性化もいいところで、こんなところは日本じゃない」など痛烈な批判もある。だが、日本人だけではどうすることもできなかったこの見捨てられた街に、外資が参入して“新たな発展の形”が生まれたことは見逃せない。かつて横行した「ぼったくりバー」も徐々に淘汰され、今では「明朗会計」「健全経営」と評価される店が増えた。正直、筆者も「大阪に中国系のガールズバーが占拠する商店街がある」と聞かされたときにはギョッとした。無法地帯を増やすことになるのではないか、とも思った。しかし、現地を訪れ、地元の人の話に耳を傾けると、また別の一面が見えてきた。もとより大阪は、さまざまな国籍の人々が生活する多様性ある都市だ。“警戒される中国資本”だが、この大阪という土地で、時の推移とともに見せる変化は今後もウオッチに値する。
(ダイヤモンドonline)
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