【風営法「改正」史④後編】〝浄化〟されてしまった猥雑な歓楽街…風営法は風俗業界の敵なのか
2025/9/4

1948年に制定された風営法の改正の歴史をたどった風俗ジャーナリスト・生駒明氏の連載最終回の後編。風俗業界への規制を年々強めてきた風営法は、風俗業界にとって「敵」だったのだろうか──。

戦後から規制されてきた「ダンス」の文言が消えた

戦後長きにわたってダンス営業を規制してきた風営法の改正案の条文から「ダンス」という文言が削除されたのが、’15年の改正である。

国民生活の多様化が進んだことや、ダンスに対する国民の意識が変化してきたことなどを踏まえ、長い間取り締まりの対象だった「ダンスホール」が風俗営業ではなくなった。

背景には盛り上がるクラブ規制反対運動があった。
’12年4月に大阪のクラブの経営者が風営法違反の容疑で逮捕されたのを機に起こったもので、
「現在クラブで踊られているダンスは、性風俗秩序を害するおそれを念頭においてつくられた風営法が規制しているダンスとはいえない」
「風営法ができた当時とは時代背景が違う。今ではダンスは十分に市民権が得られており、規制の対象にすべきような業態ではない」などと風営法の問題点を指摘し、改正を求めたのである。

こうした運動が実り、’15年6月17日に改正風営法が成立する。
これによって「ダンス+酒類」を提供するクラブを規制するものとして、代わりに「特定遊興飲食店営業」が新設された。
「クラブ」や「ディスコ」などの深夜の営業については許可制となり、立地規制、営業時間制限、18歳未満の立ち入り制限等の規制の下で営業を営むことができるとされた。

店内が10ルクス以上の明るさなら、酒類を含む飲食を提供し客が音楽に合わせて踊るようなクラブなどの24時間営業が原則として認められたのである。
だが、自治体が条例で営業時間や営業地域を制限できるとされ、東京都では午前5時から6時まで営業禁止とされている。

加えて、深夜にキャバクラなどの接待飲食店やクラブやディスコなどの特定遊興飲食店を営む者の義務として、「店舗周辺における客の迷惑行為の防止処置」「苦情処理に関する帳簿の備え付け」が必要になった。
「お客さんが帰った後でも店舗の周りで騒いでいたらやめさせなさい」「クレーム処理をしたら記録しておきなさい」ということである。「帰った後のことは知らない」では済まされないのだ。


「定義のあいまいさ」の懸念

困った立場に置かれたのがスポーツバーやダーツバーである。
スポーツバーの店員が客に応援を呼びかけるなどして盛り上げると「遊興」を提供したとみなされ、ダーツバーで客が店員と対戦するなどの「参加型」のサービスをすれば「接待」を提供したとみなされるからだ。
新法における「遊興」や「接待」の定義のあいまいさを指摘する声は強い。

なお、この改正に先駆けて、’12年11月に警察庁は風営法施行令と施行規則を改正している。
それまで社交ダンス系の2団体が認定する講師のいる教室のみ規制の適用を免除してきたが、改正後はアルゼンチンタンゴなど社交ダンス以外のダンス団体にも門戸を開いた。

現在、国内のダンス市場は少子化が進む中で例外的に成長を続けており、右肩上がりで増加している。
今思うと風営法の見直しは、避けられないものだったのかもしれない。

また、風俗店の早朝の営業開始時刻が「日の出」から「午前6時」に変更されたことも大きな出来事だった。
これにより新法が施行された’16年6月23日から、厳密な意味での日の出営業が不可能となった。
日の出直後には「夜通し飲んで直行する」「朝早くから仕事をする人が立ち寄る」などの需要があった。
1985年の改正風営法施行後から始まり、約30年間も存在した営業形態がなくなったのは、残念である。


’25年の改正は〝ホストクラブのバブル〟が弾ける予兆か

そして悪質なホストクラブやスカウトを巡る問題から、10年ぶりに大改正が行われたのが今年、’25年である。
「色恋営業」を禁止し、「売掛金を取り立てる目的で客を売春させたり性風俗店で働かせること」と「スカウトバック」を刑事罰の対象に追加した。
また「無許可営業等への罰則が強化」され、法人の罰金の上限は改正前の150倍の3億円になった。

新法が6月28日から施行されると、業界に大きな波紋を呼ぶ。
施行直後に起きたのは多数の摘発だった。
グレーゾーンで経営していたガールズバー、コンカフェ、メンズエステなどは対策を急ぎ、風俗法の許可を取る店が増加した。

最も大きな影響を受けたのはホストクラブだろう。
「指名数ナンバーワン」「レジェンド」「億プレイヤー」などの用語が〝誇大広告〟や〝誤認を招く表現〟とされて禁止となり、〝店の顔〟であった看板が黒く塗られたのは、’10年代以降続いていたホストクラブのバブルが弾ける予兆かもしれない。

ソープやヘルスなどの風俗店は、施行前にスカウトとのつながりを断ち切るなど、法対策に取り組んでいた。
禁止されたスカウトバックを取りやめるために、スカウト経由で入店していた在籍女性を退店させているケースも多いようだ。

風営法改正案の中で「名指し」されたメンズエステでは、セラピストたちが摘発を恐れて風俗エステに移ったり、キャバクラやラウンジなどへの転職の動きも見られる。
「法的に守られた安心できる場所で働きましょう」と呼びかける風俗店の求人広告も増加した。

今後はグレーゾーンで営業する業種が「出張化」していくのが予想される。
実店舗がないため地域住民からの苦情が少ないこともあり、店舗型に比べて摘発されにくいからだ。
ピンサロ、コンカフェ、メンズエステでは改正前から出張型が登場している。
なかでもメンズエステは新法施行後に出張型が増えているようだ。


風営法は風俗業界の「敵」なのか

70年以上にも及ぶ風営法改正の歴史を振り返ると、ノーパン喫茶が店舗型ヘルスに様変わりしたり、ホテヘルとデリヘルを混合した店が登場するなど、風俗業界は規制が強化されても柔軟な対応をしてきた。
テレクラ、デリヘルなどの新しい業種を生み出したり、日の出営業、無料案内所などのアイデア商法を駆使して危機を乗り越えてきたのがよくわかる。

風営法は制定から一貫して規制を強化してきたが、改正は店舗経営者にはチャンスともいえるだろう。
厳しい規制を乗り越えた店だけが生き残り、悪質な店が淘汰される可能性が高いからだ。
今年の改正においても、有能な経営者は規制の強化を逆手にとって、しぶとく、そして巧みに乗り切るに違いない。

改正によって失われたものの中で、筆者が最も「惜しい」と思うものは「ピンクチラシ」である。
街の美観を損ねるとして問題になったが、筆者にとってあれはある種「芸術」だった。
華やかなデザインに見惚れ、秀逸なキャッチコピーに感嘆し、収集したのが懐かしい。
全国の歓楽街を取材で巡っているときにチラシを見つけると、ウキウキしながらポケットに入れたものだ。

もう一つ、規制の強化により店舗型風俗店が減少し、歓楽街の猥雑さが浄化されたことが残念でならない。
’00年前後の新宿・歌舞伎町と大阪・梅田の賑わいはすごかった。
名古屋・錦も今以上に豪華な店舗型ヘルスが林立していた。
岐阜・金津園も活気があった。当時を知る身としては、年々店が減っていく全国の風俗街の様子を見ると悲しくなるばかりである。
今残っている店舗型風俗店が一刻でも長く営業を続けられることを、願ってやまない。

最後に風営法改正の歴史的意義についてまとめたい。
日本の性風俗の長い歴史の中において風営法が果たした最大の功績は、多種の性風俗店を「合法的なもの」としたことである。
戦前までは公許の遊廓以外の性風俗はすべて違法だったことを思えば、格段の進歩といえるだろう。

風営法は性風俗を黙認するのではなく、法で囲い込み規制の対象とし事実上「保護」した。
改正するたびに取り締まりが強化されるので、一見すると風営法は風俗業界を潰す〝敵〟のような気がするが、実は守ってくれている〝味方〟なのである。

風営法があるから、ホテトルや〝ちょんの間〟がほとんどなくなった現在でも、デリヘルやヘルスは健在なのだ。風営法の存在のおかげで、合法的な店で安心して性的サービスを受けることができるのである。
そう考えると、風営法が社会の秩序保持に果たしてきた役割の大きさがわかるだろう。
FIRDAYデジタル


 


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