【渋谷風俗史・後編】「東電OL事件」百花繚乱のイメクラ…時代を経ても変わらない「坂の上の別世界」
2025/11/14

ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』の舞台である「八分坂」のモデルになった『しぶや百軒店』。お隣の円山町も含めた風俗の歴史を風俗ジャーナリストの生駒明氏がたどる後編だ。


’90年代の渋谷のフーゾクに関する事件

百軒店は’80年代以降になると現在のような「風俗店やラブホテルなどが集まる色街」となっていく。’90年代から’00年代には、百軒店や円山町を含む道玄坂一帯は都内有数の風俗街となっていた。

この頃発生し世間の注目を集めたのが「東電OL殺人事件」である。
1997年3月、東京電力に勤務する39歳の女性が円山町の木造アパートの一室で死体となって発見されたのだ。被害者のエリートOLが円山町のラブホテル街で街娼をしていたことが、人々に大きな衝撃を与えた。

続いて世の中を騒がせたのが、お笑いタレントSHの「淫行疑惑」だ。
1998年10月に渋谷のイメクラで当時16歳の少女からサービスを受けたことが報道されたのである。
実は少女は年齢を詐称して働いており、SHは警察から捜査協力のために事情聴取に応じただけ。逮捕されたわけではないのだが、しばらく謹慎する羽目になってしまった。

これが政治家転身のきっかけとなり、’00年に早稲田大学に入学。その後’07年に49歳で宮崎県知事に就任するのだから、分からないものだ。

’00年代前半までは、渋谷のマンション内ではさまざまなイメクラや性感が営業していた。そのなかにはユニークなコンセプトの店も多々あった。


イメクラが〝百花繚乱〟だった時代

そのひとつが、史上初の〝シアターイメクラ〟『ヌキバーサルスタジオ渋谷』である。
室内の巨大スクリーンで女性と一緒に映画を見ながらプレイでき、「ハリウッドの興奮とイメクラの快感がついに合体!」とPRしていた。

渋谷駅南口から徒歩5分のイメクラ『ギャルマート』には、相互鑑賞プレイができる「カップル喫茶コース」、店から出てきた女性をつけまわす「ストーキングコース」、女性を店外に連れ出してデートができる「ギャルとお茶デートコース」があった。特に人気だったのが「カップル喫茶コース」で、他人がプレイしているのを確認してから遊びにくる客もいた。

通勤バス風の痴漢ルームを作った『ワンマン』というイメクラもあった。電車より座席が密着しているので、触りやすいのが売りだった。最初の20分間は痴漢ルームでセーラー服やワイシャツ姿の制服美女たちにお触りし、残りの20分は個室で指名した女性とヘルスプレイを楽しめた。

また道玄坂の『Gift』というイメクラでは、女性がお弁当を食べさせてくれる「お弁当コース」があった。
手軽に新婚気分を楽しめるうえ、満腹になってからサービスを受ければ満足感でいっぱいになるという、食欲と性欲を同時に満たせる一石二鳥の店だった。

また、店舗型の風俗店も現在より豊富にあった。人通りの多いセンター街の脇にあった店舗型ヘルス『エデンの園』は、都内でも珍しい北欧から南米まで世界中の美女が集まる「ワールドヘルス」で、欧米美女と遊べることで人気だった。待合室をショーパブ風にアレンジし、外国人美女がお立ち台に上りセクシーダンスを披露してくれた。

道玄坂には24時間営業の『マリンブルー』というヘルス(届け出はデリヘル)もあった。
受付所のあるビルの中にレンタルルームを備えた業態で、いつでも遊べることから「コンビニ風俗店」と呼ばれた。待合室がカウンターバーになっており、ゆっくりくつろげるのが好評だった。

渋谷駅のハチ公口から徒歩5分のところには、『山の手壱番館』という店舗型の風俗エステがあった。
頭皮マッサージ後にハンドサービスを受けられる「育毛ヘアエステと性感プレイ」がドッキングした店で、髪の毛から下半身まで残らず揉みほぐしてくれた。

上記の7店は、筆者が実際に取材して、雑誌の記事にした店である。
’01~’02年にかけて、筆者は月刊の男性実話誌の中の「〝噂のニュー風俗〟徹底検証」という特集を担当していた。
全国の最新のアイデア風俗を取材して紹介するコーナーで、渋谷の店も多数取り上げていた。他の地域に比べ、渋谷のイメクラは「ハイソでオシャレ」だった。
創意工夫されたユニークなサービスも都会らしい洗練されたものが多く、若くて美しい女性たちと上質な面白プレイを楽しめた。

この頃都心にはここに列挙したような個性あふれる店舗型の風俗店が多数あった。だが、’00年代半ばの浄化作戦により消滅してしまう。
残った店舗型風俗店は風営法の届け出をしていた老舗のみで、その後は出張型の風俗店が主流となっていく。


百軒店のランドマーク『渋谷道頓堀劇場』

現在渋谷に残る唯一のストリップ劇場『渋谷道頓堀劇場』は、昭和45(1970)年1月にオープンした。
元々は連れ込み旅館だったが、1965年ごろに火事で焼けてストリップ小屋になったのだ。『道劇』(渋谷道頓堀劇場の略称)はストリップ界の老舗かつ名門で、数々の伝説を生み出している。

その最たるものが、一世を風靡した清水ひとみ嬢である。1985年、普通のOLがひょんなことからストリップに出演。
「自慰行為ショー」が人気爆発し、連日500人以上が劇場へ殺到した。その行列は百軒店からはみ出し、道玄坂を下って現在の『SHIBUYA109』の近くにまで及んだともいわれている。
清水ひとみ嬢は女性週刊誌に連載を持つなど、まさに〝アイドル〟状態となっていた。

’80年代後半~’90年代には影山莉菜嬢が9年間で9800回もの公演を記録し、ファンから「世界記録」「ギネスもの」「伝説の舞姫」と絶賛された。幕間を埋めるコメディアンも、レオナルド熊、コント赤信号、マギー司郎など、そうそうたるメンバーがそろっていた。
彼らはストリップ小屋で鍛え抜いた芸で、芸能界を生き延びたのである。

1995年に土地建物の契約がこじれたため一度閉館したが、’01年に再開し、現在も営業を続けている。
『道劇』は待合室が広く、照明などの設備が充実しており、所属する踊り子たちの質も高い。
『浅草ロック座』と並ぶ、全国でも屈指の優良劇場である。筆者は一時期、『道劇』に所属していた踊り子を追いかけて、ここに通い詰めていた。最前列に座りたくて、早朝から行列に並んだのが懐かしい。


出張風俗がメインとなった現在

現在の渋谷は都内有数のデリヘルの激戦区であり、300店以上で遊ぶことができる。
M性感、高級店、風俗エステ、ぽっちゃり専門店など、幅広いコンセプトの店がそろう。ホテへルも20店以上ある。

出張風俗がメインとなってから、筆者が渋谷の風俗店を取材して驚いたのは、在籍女性のレベルの高さである。
’08年に潜入取材でデリヘルを利用したとき、ホテルにやって来た女性のスタイルのよさと可愛らしさに面食らった。
また、’12年に老舗の店舗型ヘルスに撮影に行ったときにも、個室で待っていた風俗嬢のアイドルのような美貌に仰天したものだ。

店舗型ヘルスは徐々に数を減らしており、現在は制服コスプレの『渋谷平成女学園』、マジックミラー指名ができる『道玄坂クリスタル』、『ミルキーラテ』という百軒店近隣の3店と、渋谷マークシティの南側にある格安の老舗『シーファリ』、少し離れた神泉町のマンションの中で営業するSM系の『渋谷ジュスティーヌ』の計5店となっている。『渋谷ジュスティーヌ』は’26年秋に渋谷区笹塚に移転する予定だ。

30年以上も営業していた名店『渋谷ストロベリージャム』は、コロナ禍の影響もあって閉店。
同じく地域を代表する有名ヘルスだった『渋谷JJクラブ』も’23年1月末に閉店している。
筆者はどちらの店にも入ったことがあるが、在籍女性のレベルは高かった。閉店が残念でならない。

ソープランドは『渋谷角海老』という老舗が1軒のみ、センター街の近くの宇田川交番の側で「角海老」と書かれた大きな看板を掲げて営業している。
人通りが多いためか現在は正面にある入り口は使用しておらず、建物の横にある小さな裏口から入店するかたちとなっている。

冒頭で紹介した『もしがく』の中に現れる「八分坂」には華やかなネオンが輝いているが、現実のしぶや百軒店は意外に地味でしっとりしている。

すり鉢状の地形の底である渋谷駅から見ると、百軒店と円山町は「坂の上の浮世」のような存在だ。
緩やかな石段沿いに店舗型ヘルスがある風景は、非日常的で風情がある。円山町のラブホ街が迷路のように入り組んでいるところも〝異界〟を感じさせてくれる。
「坂を登ったところにある別世界」の味わい深い魅力は、都内有数の盛り場、花街として栄えた100年前から何ひとつ変わらないのである。
FRIDAYデジタル



 


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