こんな狭い店内に男二人に客一人じゃ居心地悪いだろうなと思いつつ、オダの接客を見ておかないわけにもいかず手持ち無沙汰に店内をうろついていると

「日向……あります?」

客の男が何故か俺に話しかけて来た。ヤベぇ!と動揺したかしないかのタイミングでオダが

「ありますよー!あ、でも実はこれ元の会社がズサンで画質が悪いのと、疑似だから今だったらこれ!今うちに在庫あるので売り切っちゃうから……」

とカタログを開いてAAAとかデカデカと書きなぐったポップを見せながら接客を始める。

結局ものの数分でその客は目当ての”日向”ではなくオダの勧めた女優の裏ビデオを2万円で買っていった。

日向ってのは80年代後半に小悪魔風の魅力で人気を博したAV女優日向まこのことだ。そんなにAVのお世話になってなかった俺でも名前を聞けば顔の浮かぶ有名単体女優だった。

この日はこのあとから客が立て続けにやって来た。ぶらりと一周してそそくさと出て行くもの、一言も言葉を発さずにカタログを指差して合計10万円分買っていったもの……など様々で、ただ何故だかわからないが客が同時に被ることはなく、一人帰ってはまた一人入って来るという流れだった。

客足が一旦止まった時に

「日向まこ、あるんすか?」

俺が興味半分に発した質問に対して返って来たオダの答えは

「ん?日向まこ?うちにはないよ。」

——

あとで判ったことだが、当時流通していたいわゆる裏ビデオの全てが、俺の働いていたお店におりて来るわけではなかった。

卸しの業者(ざっくりヤクザなのだが)が入手してきたマスターを裏ビデオ屋に売りつけて、それを擦って(ダビングして)客に売りつけるというのが、典型的な裏ビデオ屋の形態だった。
なので卸業者にないものや、店長が仕入れなかったものは、当然その店にはあるわけもなく、店によって”あるものとないもの=品揃え”に色が出て来る。

今のようにデジタルデーターで複製することは出来ないので、VHSからVHSへと家庭用のビデオデッキで複製するため、擦るたびに画質は劣化していく。

一言でマスターと言っても親マスター(撮影編集したテープ)子マスター(親マスターからダビングした1世代目)孫マスター(子マスターからダビングした2世代目)……とあり、末端の裏ビデオ屋に回って来るテープはよくて孫マスターレベルだった。

さらに、しょぼい店だとひ孫どころか玄孫マスターを掴まされることもあるので、高画質かつ有名人気女優のものを早く、多く取り扱える店は当然いつも賑わっていた。

そういう業者は、マニアからも信頼が厚く、例えばあまり有名な女優のものじゃなくても、「女優的には無名だけど、画質も良いしアソコも綺麗だし何よりヌキドコロが多いからオススメですよ!」なんていう営業トーク一つでバンバン売ることが出来た。(こういうところは、今現在のピンク産業においても大事なファクターである)

当時歌舞伎町の裏ビデオ屋には、上京したての学生とか気の弱いサラリーマンが隣県から結構来ていたので、言い方は悪いが”どうせどこかで買わされるんだから、何とかして買わせよう”というのがどうやらここの方針のようだった。

(5)に続く