明治通り沿いの喫茶に呼び出された俺に、マツモトが提案して来たのは俺の予想とは全く違っていた。

「クロダです」

細身の身体にダブルのスーツをブカっと着込んだ男が、俺より少し遅れてやってきた。

クロダの目は、マツモトのそれとはまた違って、真っすぐ突き刺して来るように、俺の目を捕らえて離さなかった。

「クロダは、ナカハシとはまた別のイメクラをやっとって、今忙しくてスタッフが足りんから、君の力を貸して欲しいんだよね」

つまり「異動」ということらしい。

「え?1年A組はどうするんですか?」

「あっちは新しいスタッフを1人入れるらしいから、そいつに引き継ぎしたら、来週からクロダのやっとるお店に入ってくれるか?」

新しいスタッフ?ナカハシの駄目っぷりを見て速攻飛んだりしないだろうか?そもそも今の1年A組から俺が抜けて大丈夫なんだろうか?

「よろしく」

とまどっている俺を見透かすかのように、クロダがまた俺の目を射殺さんばかりに覗き込んで手を差し出して来た。考える間もなくその手を握り返してしまい、俺の1年A組の退店とクロダの店への入店が決まってしまった。

 

1年A組に出勤すると、伝えられた通り早速新人スタッフが来ていた。

「ヤノです。今日から入りました。よろしくお願いします」

ヤノの第一印象は礼儀正しくハキハキとした好青年というイメージだった。簡単な引き継ぎといえども、ネクラとかチンピラとか、とんでもないバカとかだったら嫌だなぁと思っていたので、ちょっと気持ちが軽くなった。
ヤノはどこかの私大に通っている学生らしく、俺と同じアルバイト的な出勤シフトだった。

「あ、あ、あ、きょ、今日からのヤノ君、色々教えたげて」

どもりながら何を喋っているかわからないナカハシの姿を見つけて、せっかく軽くなった気持ちがずううんと落とされてしまった。

俺がヤノに教えている間も、ナカハシは待ち合いのソファーに座ってテレビを見ながら笑い転げていた。

(邪魔だなぁ)

そもそもLDKのマンションを無理矢理プレイルーム兼受付に改造しただけあって、1年A組のスタッフスペースはかなり狭い。そこに3人同時いるというかなり窮屈な状況も手伝って

「ナカハシさん、ちょっと買い出しついでに休憩して来てもらっていいですよ」

と追い出してしまった。

初日ってのは新人のスタッフに緊張感を植え付ける大事な日だっていうのに、代表が一番緊張感がないとは…何処まで行っても愚図でうだつの上がらない男だ。死んでも治らないんだろうな…

自分の店だっていうのに、電話が鳴らずにお店が暇でも、女の子が足りなくて折角の問い合わせを取りこぼしても、どうすればお客が増えるか?どうすれば女の子が増えるか?どうすれば売り上げが増えるか?全く持って悩んだりもしない。

とにかく毎日毎日待ち合いのソファーで寝ているかテレビを見ているだけなのだ。

 

来週になればこの男ともおさらば出来る…といつの間にやら異動を楽しみにしている自分がいることに気がついた。

その(9)につづく